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小脳の内部モデル

人間の脳細胞は約140億個あると言われていますが、それは大脳の神経細胞のことを言っているのであって、 小脳を無視しています。実は小脳の神経細胞は1000億個もあるということは専門家の間でしか知られていないことなのではないでしょうか。

小脳は一般に、「運動をつかさどる脳」として知られていますが、本当のところは一体どうなのでしょう。 調べれば調べるほど謎が深まる脳ですが、私なりに解釈した切り口で、小脳のしくみと活用のしかたを解説したいと思います。


●小脳とは

◆小脳と大脳

地球誕生から生物の脳は変化してきました。脳の変遷を進化論的に見ていきますと。 太古の生物は脊髄のふくらみ程度の脳しかありませんでした。 しかし、進化するにつれて、脳幹、視床、扁桃体、海馬、視床下部などが形成されていきました。 やがて、大脳皮質も発達し、我々人間は小脳が後ろに追いやられ、大脳の発達に伴って小脳の役割は減少していきました。 各部位の役割も、進化の過程で分担されてきたものです。

人間は胎児期に、この数億年の進化の過程と同じような成長をするといいます。

しかし、細胞数は上回っているとはいえ、大きさは大脳の20分の1程度であり、 高度なバランス感覚が必要な鳥類などに比べると役割が少なくなったと言えるでしょう。

◆小脳の役割

よく知られている役割としては、平衡感覚の中枢としての役割でしょう。 厳密に言えばそればかりではなく、運動全般にわたって関係しており、知覚と運動の間を取り持っています。 姿勢を保ち、瞬間的に反応できる処理速度を持ち、複雑な骨格筋の協調動作を助ける働きをします。

●内部モデル

◆体で覚えるということ

よく「体で覚える」という言葉を聞きますが、別な言い方をすれば 「無意識に、かつスムーズにできるようになる」ということになります。

この体が覚えたことというのは、特殊な技能のように聞こえますが、 ごく当たり前のように行っている行動全てにあてはまります。
例えば、歩くことや走ること、投げることやたたく事、あるいはハサミや鉛筆、包丁などの道具を使った行為のほとんどが 体で覚えてやっていることなのです。

「意識してやっているよ」と思うかも知れませんが、前出の動きを筋肉の動きとしてとらえてみると、 簡単にやっている事なのに、いかに複雑な動きをしているかがわかります。

歩くことを例にとってみると

1.左足を振り出す・右足に重心

右足を少し曲げて右側かつ前方に重心を移し(ごくわずかである)、歩き始める動作を開始する。 重心がほどよく右足に乗ったら、右足は体を支えて地面を蹴る動作に移り、 同時に左足を持ち上げて前方に振り出し、右手は前に、左手は後ろに引く。

2.左足を着地

左足は適切な歩幅で目的の位置に着地し、 右足は左足が着地してからも蹴る動作を続けることによって重心を左足に移す補助をする。 両手はそれぞれ上死点に位置し、右手は後ろに、左手は前に出し始める。

3.右足を振り出す・左足重心

左足を少し曲げて左側かつ前方に重心を移し(ごくわずかである)、歩く動作を継続する。 重心がほどよく左足に乗ったら、左足は体を支えて地面を蹴る動作に移り、 同時に右足を持ち上げて前方に振り出し、左手は前に、右手は後ろに引く。

というように、決して簡単なことではないことがわかります。 この例では動きをかなり省略して一般的な言葉で説明していますが、 骨格筋の複雑な動きや、バランスをとるための精密な制御までは、とても言葉では説明できません。

もし、これを意識して考えながらやっていたのでは、動きがぎこちなくなるばかりでなく、 歩くのでさえ考えるスピードが間に合わないでしょう。その姿はまるで性能の悪いロボットのようです。

◆内部モデルの形成

「体で覚える」ということがすなわち小脳の役割なのです。

小脳は、これらの複雑な動きを記憶し、単に機械的に実行するだけでなく、意識的な制御や割り込み (歩くという行動で言えば、左右どちらかに曲がるとか、石や犬の糞を踏まずに歩くといったこと) も受け付けるし、状況や状態をフィードバックしてバランスをとるということもやってのけます。

「体で覚える」ということですから、 初めから出来るようなものではありません。 歩いたり走ったりできるようになった頃のことを覚えている人はあまりいないと思いますが、 それなりの訓練があって初めて小脳が覚えるのです。

小脳が覚えた一連の動作はひとかたまりのモデルとして保存されます。
これが「小脳の内部モデル」と言われるものです。

◆コンピュータープログラムに例えると

私はエンジニアとして多少のプログラムの経験があるので、プログラムに例えてしまうのですが、 プログラムのことがよくわからない人は読み飛ばしてしまいましょう。

言葉を持つ人間ならではの行動ですが、内部モデルの出来上がっていない状況では、 人は考えながら行動します。

例えば、車の運転をする場合でも、
・左足でクラッチを踏み、
・左手でギアをローに入れ、
・右足でアクセルを少しずつ開けながら
・左足でクラッチを少しずつつなぐ
なんてことを考えながらやります。

コンピュータープログラムでいうと、BASIC等で代表される逐次処理です。 命令を一行一行解釈・実行していたので高速処理に向きませんでした。

それに対して、アセンブラで書かれたプログラムや、C等をコンパイルしてできた機械語プログラムは、 簡単に作り替えはできませんが、高速処理が可能です。

小脳の内部モデルというのは、いわばこの機械語プログラムであり、本体プログラムからその都度呼び出して 使える関数的なものと言えます。

◆自然に形成されたモデル

「歩く」ことや「走る」ことは特に意識して覚えたことではありません。 まだ言葉もろくに使えない頃に、転んだり立ち上がったりして、試行錯誤の繰り返しで徐々に小脳の内部モデルが形成されていったと 考えられます。

「失敗」したことと「成功」したことを小脳内部で振り分け、「成功」したときの筋肉の動き、 関節の角度、視覚情報などを総合的に判断しつつモデルを作り上げていきます。

理化学研究所の報告では、このモデル形成にストレスホルモン (痛みなどのストレスを受けると脳の視床下部から分泌されるコルチコトロピン放出ホルモン(CRF)) が欠かせないという実験結果が出たそうです。

◆意識して形成したモデル

小脳の内部モデルは、試行錯誤によってのみ形成されるものではなく、 決まった動作を繰り返し行うことによっても形成されます。それは必ずしも速く行なう必要はなく、 モデルが形成されるまでは大脳で考えながらゆっくり正確な動作を繰り返すことで、 正しいフォームをモデルとして作り上げることができるのです。

例えば、バットやラケット、ゴルフクラブなどの素振り、ギターにおける速弾きの練習などは、 同じ動作を何回も何回も反復することによって、正しい動作を体に覚えさせることを目的としています。

どの運動も、本番では動きが速すぎて正しいフォームで行うことが困難なものばかりです。 こういった動きをモデルとして小脳に記憶させることができれば、無意識に、しかも素早い動きを正確かつスムーズに 行うことができるようになります。

◆意識して形成したモデルの優位性

試行錯誤で形成された内部モデルは、実は完璧なものではありません。
「走る」ことに関して言えば、よく見ると人それぞれ走り方が微妙に異なり、同じ筋力を持ち合わせた人であっても、 同じ速さで走れるとは限りません。
何が違うのかといえば「フォーム」が違うのです。効率の良い走り方をする人もいれば効率の悪い走り方をする人もいるわけです。

かといって日常生活には特に支障をきたすものではありませんが、 より速く走りたいといった場合は自然に覚えたフォームではダメな場合がほとんどです。

物事を行なう場合、上手な人と下手な人がいますが、それは「自然に覚えた」からです。 どうすればうまくできるかということを考える人、考えられる人が結果的に上手にできるようになるのです。

つまり、試行錯誤で覚えるよりも、正しいフォームを反復し、 内部モデルを形成することで、より上手に物事を行なうことができるようになるのです。

●より高度な考え

◆内部モデルを意識する

例えば、バットやラケット、ゴルフクラブなどの「素振り」という練習方法があります。 この「素振り」に対してどれだけの人がやっていることの意義を理解している人がいるでしょうか? 私的には半分以上の人が「筋力トレーニング」と勘違いしているのではないかと思います。

しかし本当は、最適なフォームを体に覚えさせることが目的であり、 先人達の長年の研究によって得られた最適なフォーム をイメージして、クラブやラケットの軌跡、腕や脚の角度などを正しく保つということを考えながら ゆっくり反復するのが正しい「素振り」なのです。

逆に言うと、「素振り」というのは、むやみやたらに振ればいいというものではないのです。 筋力トレーニングが目的であれば、重りやゴムなどの負荷をかけてビュンビュン振るといった練習方法もあるかと思います。 しかし、それによってフォームが崩れ、崩れたフォームが身に付かないように注意しなければなりません。

重要なことは、意識して「正しいフォームを身に付けるためにやっているのだ」 と考えながら反復するということです。 意識してやるのと、漠然としてやるのとでは結果に大きな開きがでてくるでしょう。難しい技術であれば、 一生正しいフォームが身に付かなかった。なんてことにもなり兼ねません。

そしてこれは素振りに限らず、他の種目にも、さらには楽器の演奏や道具の使い方など、 あらゆることに通じるのです。

◆実践への応用

私は、中学と高校時代、陸上部に所属していました。

そこで言えることは、
「最適なフォームは個人が試行錯誤して得られるようなものではない」ということです。
つまり、小さい頃に自然に覚えた走りのフォームは、ムダだらけで速く走れないということです。

ではどうすればいいかというと、長年の研究によって得られた最適なフォームを、 意識してゆっくり反復することによって、効率の悪い内部モデルを書き換えるのです。 (正しいフォームは、コーチから。あるいはコーチがいなければ雑誌の分解写真やビデオ等で勉強しましょう)

「走る」といったことは、なかなかゆっくり行なうことは難しいので、陸上部では 「もも上げ走」によって正しい膝の上げ方を練習し「大また走」で正しい脚の振り出しを練習し 「尻たたき走」で正しい蹴り脚の処理を練習するなど、部分的な矯正で最適な内部モデルを書き換えていく方法で練習します。

当時はそういう意識はなく、言われたことをやっていただけですが、実際にフォームは変わり、 筋力以上に記録が伸ばすことができました。欲を言えば、内部モデルを意識してやっていればもっとうまく出来たと思います。


また、私はギターもやっているのですが、速弾きなどは非常に多くの練習を必要とします。 最初はフレーズを覚えなくてはならないので、最初から速くは弾けません。 しかし、この時点からゆっくりと指の正確な動きを考えながらやっておかないと、 適当な弾き方を身に付けてしまいます。フレーズを覚えた後も、小脳の内部モデルがきちんと形成されるまでは、 フォームを崩してまでむやみやたらに速く弾くべきではないと思います。

参考までに、私の場合は数百回も反復しないとモデルが形成されないようです。 もちろん、人にもよると思いますし、違った方法があるのかも知れません。
やっていてわかるのは、徐々に出来上がるのではなく、ある日突然モデルが形成されるような感じなのです。 速弾きも臨界点みたいなのを超えるまでは全然進歩がないような気がするのですが、ある日突然すんなり弾けてしまう。 そういった特徴があります。 ただ、経験を積むと、以前身に付けたフレーズの組み合わせが多くなり、確かに覚えるのも速くなるのですが、 最初に変なモデルを形成してしまうと、変なクセ(ミストーンがあったりタイミングのズレが加わったり) のまま動いてしまいます。
こうなってしまうと、あとで内部モデルを修正するのは大変です。

◆高度な内部モデル

小脳の役割は、長いこと運動に関することだけに関与していると考えられてきましたが、 最近の研究では、言語やイメージなどの高度な思考モデルも写し取ることがわかってきました。

これまで、小脳の内部モデルは、試行錯誤して作られるだけでなく、 て「意識して作る事ができる」と説明してきました。 このようなことは「大脳の思考モデルを写し取る」と考えられています。

サルやヒヒまでは、小脳の機能はすべて運動に関係しています。 しかしチンパンジーなどの類人猿、さらに人間になると小脳が外側に大きく広がり、 この領域は高度な情報処理や思考をつかさどる大脳の連合野とつながっています。 外科手術でこの領域を取り除いても運動障害が現れないことが臨床的に知られています。

また、物事を覚え込んでいくと、やがて、ある考えがすらすらと出てくることがあります。 こういった思考における学習も、運動と同じような原理で小脳が行っていると考えられます。 例えば米国のM. E. Raichle(ライクル)らの研究では、「リンゴ」と言ったら「食べる」と答えるような、 たくさんの名詞を次々と動詞に転換する課題は、練習をすると間違いなしにできるようになります。 しかし小脳に異常があると、いくら練習しても間違いがなくならないのです。

言語やイメージ、概念などの思考モデルは、大脳の頭頂葉や側頭葉の連合野に蓄えられており、 それを前頭葉の連合野が操作することが思考だと考えられます。

しかし繰り返し思考を続けていると、頭頂葉や側頭葉の思考モデルを小脳回路が写し取り、 前頭葉は、小脳が写し取ったモデルを直接操作して思考するようになるのです。 「特に、とっさに予測したり判断ができるのは、小脳の思考モデルを使っているから」と考えられます。

自転車の乗り方や、泳ぎ方などは、一回覚えてしまえば忘れることはありません。 最近の研究でもまだわからないところがあるらしいのですが、どうやら 大脳の記憶メカニズムとは違った方法で記憶しているらしいのです。
数学の公式など、言葉で説明できる知識を“頭で覚える”記憶は、 大脳のシナプスの伝達効率が長期間増強する「長期増強」により実現します。 一方、“体で覚える”記憶は、長期増強とは逆に、小脳のシナプスの伝達効率が長期間抑えられる 「長期抑圧」が担っていることがわかっています。

運動のみならず、思考までも関与している小脳の内部モデル。
その素晴らしい機能をムダにするのはもったいないことです。意識して小脳の内部モデルを使いこなしましょう。


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